「お父さん、佐藤くん遊びに来たよ」
「えっ」
正月明けの休日の朝、特にやることもないのでひとりで散歩でも行こうかと思っていた矢先のことだった。
玄関に小走りで向かうとそこには冬用のコートに身を包んでモコモコになった年下の恋人が立っていた。
「あけましておめでとうございます」
「……大学とか無いの?」
「まだ冬休みですよ、それに今日土曜日ですし」
娘たちがまだいる自宅に年下の恋人を連れ込むのに何となく罪悪感を感じつつも、寒い玄関にずっと立たせるわけにもいかずとりあえず中へ招き入れることにした。
夏海が佐藤くんにお茶を淹れてくれたのでついでにご相伴にあずかることにした。
「お父さん、私図書館行ってくるね。高校の宿題まだ残ってるし」
「あ、うん」
「冬湖も行く?」
ソファに丸まっていた冬湖に夏海がそう問えば「じゃあ行く」と答え、「お昼代ちょうだい」と冬湖が言うのでとりあえず二人分のお昼代として二千円渡すと二人は宿題を取りに自分の部屋へ戻って行った。
「……気を使われちゃいましたかね」
「そうかもなあ」
娘たちには佐藤くんのことをちゃんと伝えた訳じゃないけれど、薄々気づいているのか時折そういう振る舞いをした。
行ってきますという二人の声に行ってらっしゃいと返せば家のなかは静かになった。
「そう言えば春賀ちゃんまだ見てないですよね?」
「今朝早くに出かけて行ったよ、練習試合だって行って世田谷まで」
「へえ」
二人きりの家はなんだか妙に静かで落ち着かない。
就職を機に家を出た秋恵に、ラグビーを始めてから家にいる時間の減った春賀、夏海も部屋に籠って趣味の刺繍や服作りに熱中しているし、唯一構ってくれる冬湖も今日は不在。
(……こうして子どもは親離れしていくんだよなあ)
妻を亡くしてもうすぐ9年。その間に娘たちも大きくなってしまい、成長を喜びたいような寂しさが増えていくばかりのような何とも言えない心地になってくる。
「僕がいますよ」
「うん?」
「どんなことがあっても、僕が横にいますから」
「まだ若いのにそんなこと言っちゃいけないよ」
「もう決めたんです」
彼の表情は穏やかだがその意思は揺るぎないもののように見えた。
「……嫌になったらちゃんと言いな。あと福岡で買った明太子のおせんべいがあるんだけど食べる?」
「おせんべいは食べます。でも豊さんから離れたりなんてしませんよ」
彼の気持ちは強固だ。
でも時間が経てば色んなことが変わっていき、トラブルや想定外も起きる。それでも変わらないものなんてあるんだろうか。
だけれどそこまで言ってもらえるぐらい惚れこんで貰えるのはそう悪いことじゃない。
(まあ、未来のことは未来で考えるとするか)
福岡土産のおせんべいを彼に差し出しながらそんなことを考えていた。


……そんな日もあったのである、が。
「まさか俺が定年過ぎても君が俺の横にいるなんてなあ」
「筋金入りですから」
あの頃よりも少し大人になった彼は俺の横に座って青森行きの飛行機を待っていた。
定年を機に青森へUターンする俺についていくと言ってきかなかった彼は、本当に青森で職も見つけ俺についていくことを選んでしまったのである。
もうすぐ飛行機の乗り込み口ゲートが開く。
「さ、行きましょうか」

佐藤くんの愛が筋金入り過ぎて私も「こいつはやべえな」といつも思ってます